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日本人の知らないモンゴル!実はとても仲良しな2国の友好関係

親日国といわれる国はたくさんありますが、中でもモンゴルとは良好な仲良し関係を保っているのをご存知でしょうか。

それは政治的な面だけでなく、現地へ行くと多くのモンゴル人が日本に好感を持ってくれていることがわかります。

その背景にはいったいどんなことがあったのでしょうか。実はあまり知られていない、モンゴルと日本の友好関係についてまとめました。


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日本とモンゴルの友情の話

日本は太陽の国!日の丸が消えない理由

1990年以降に起きたモンゴル社会の大混乱。それによって一般庶民がどんな影響を受けたのか。そこにスポットを当ててみたいと思います。

これについてはその渦中にいたモンゴル人が、自らの経験を語ってくれました。以下、彼からのメールより抜粋したものになります。

モンゴル民主化後に起きた大混乱

モンゴルは長い間、社会主義国だったため、食品や衣類を製造する工場はすべて国営機関として成り立っていました。

ですが1990年から民主主義国に移り変わったため、民間企業として継続していくことができず、人々は職を失い食料や衣類も生産されなくなりました。

国民の暮らしは大混乱に陥り、政府は月に1度食品を受け取ることのできる配給カードを支給しました。

ですが4人家族がもらえる小麦粉の量は10kgほどしかなく、この量では家族が半月ほどしか食べていくことができません。

私たちはいろいろな工夫をしながらしのぎましたが、しばらく苦しい状態が続きました。

モンゴルがそんな危機に陥っていたとき、日本からの無償援助で25kgの小麦粉が贈られてきました。私たちの暮らしは日本によって助けられたのです。

困ったときに助けてくれるのは本当の友達

家族が食べるだけの小麦粉は一時的に手に入りましたが、だからといって生活が楽になったわけではありません。

多くの工場はストップしたまま服や物も足りない状態です。そこで私は小麦粉の袋で寝具を作ろうと思いつき、粉のついた布を水で洗いました。

ですが、いくらこすっても袋にプリントされた、日の丸のマークは消えませんでした。

「この赤いマーク、洗ってもぜんぜん落ちない。なんでだろう」

私は母にそういいながら洗った布を見せると、母はこんな言葉を返しました。

「困ったときに助けてくれるのは本当の友達だよ。日本は私たちを助けてくれた。日の丸が消えない理由はね、この恩を絶対に忘れてはいけないという意味なんだよ」

このとき私は16歳の少年でしたが、それを聞いたときはなんだかとても嬉しくなって、涙が出そうになりました。

今思い返しても心が温まる思いです。そして母は私にとても大切なことを教えてくれたことに気づきました。

私は布を洗うのをやめ、日本への感謝とともに家族みんなで日の丸の下で眠りました。日本は私にとって太陽の国。この恩は一生忘れることはありません。

モンゴルから日本へ届いた温かな震災支援

困ったときに手を差し伸べたのは、実は日本だけではありません。

2011年に起きた東日本大震災では、日本は広範囲にわたって壊滅的な被害を受けましたが、そのときモンゴルは日本へ向けて、手厚い支援をしてくれたのです。

モンゴルは国家公務員全員の1日分の給料を義援金として寄付に回し、そのほか企業や個人からも多額の義援金が集まったそうです。

この額はおよそ1億2500万円といわれていて、これまでモンゴルが行なったことのある、外国への災害支援の中で過去最高額になったようです。

そのほか防寒具などたくさんの物資も届けられ、できるだけ負担にならないようにと発送方法にまで気を配り、早急な手配をしてくれたそうです。

そして実は阪神・淡路大震災のときも、多くの支援物資をいち早く届けたのはモンゴルだったそうです。

このときもやはり、混乱の中にいる日本に迷惑をかけないようにと、物資を届けた専用機は用が済んだらすぐに立ち去ったといわれています。

いずれもモンゴルからの支援は「日本は苦しいときに力になってくれた」という、恩返しの気持ちが込められています。

さらに恩恵を受けた人たちによる民間のボランティアなども増え、お互いの国が助け合うとても仲良しな関係となっています。

そしてこれは単なる政治的なやり取りではなく、モンゴル人の心の温かさと真の友情があるように感じています。


日本語教育の盛んなモンゴル

社会主義時代のモンゴルはソ連の支配下にあったため、学校で教育される外国語は当然ながらロシア語でした。

民主化して初めて英語が取り入れられるようになり、そのあとの選択科目では日本語も登場するようになりました。

世界の言語の中で日本語の用途は決して広くないはずですが、モンゴルで日本語を勉強する率は高く、日本に行きたいと希望する人も年々増えています。

これはモンゴル人力士が日本で活躍したことで、日本語を耳にする機会が増え、より親しみを感じるようになったというのも理由のひとつかもしれません。

どちらにしても日本の言葉や文化に興味を抱いてくれているのは、非常に喜ばしいことだと思います。


モンゴルと日本の友情の話まとめ

モンゴルと日本の助け合いのエピソードは、作り物ではない温かさが感じられる、とてもステキな話ですね。

日本人もモンゴルの素晴らしさにもっともっと興味を持って、これからも友好関係を保っていって欲しいと思います。

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