「あの大草原の真ん中で、遊牧民はどうやって暮らしてるの?」
モンゴルを訪れた人は、この疑問を持つことが多いのではないでしょうか。
過酷な環境にいながらも、何か特別な設備があるわけではなく、遊牧民の暮らしはいたってシンプルです。
今回はそんな遊牧生活が生み出した、大昔から続く暮らしの知恵と、動物の心を動かす独自の技術をご紹介します。
家電いらず!家畜の糞は万能アイテム
1.糞は環境に優しいエコ燃料
モンゴルは年間を通して気温が低く、冬はマイナス30度以下になることも珍しくありません。
遊牧民のゲルには必ず鉄製のストーブがありますが、そこでは暖をとるだけでなく、上に鍋を置いて調理するためにも使います。
そのためストーブは一年中稼働しているわけですが、森が少ないモンゴルでは薪が大量に取れるわけではありません。
石炭はかんたんに手に入りますが、遊牧民はそれよりもっとエコな、草原に落ちている牛や馬の糞を燃料として利用します。
乾燥させた草食動物の糞は燃やすことができ、コスト削減になるだけでなく空気も汚れずに済むので環境に優しいです。
よく臭いについて質問されますが、ツーリストが体験した際にも「部屋がウンコ臭くなった!」という感想は、今まで聞いたことがありません。
糞は毎日生み出される自然の燃料なので、これを使わない手はないでしょう。
2.ゲルの断熱には糞の床
遊牧民のゲルの床は地面にじゅうたんを敷いている状態なので、真冬は凍った大地から冷気が入りこまないよう遮断しなければいけません。
冬支度をするときには、床下には断熱材代わりに羊やヤギの糞を敷き詰めます。糞は防寒対策には欠かせないアイテムであり、その上に数枚のじゅうたんを重ねれば完成です。
糞の上で生活するとは日本では馴染みがありませんが、こちらもストーブの燃料と同じでニオイが気になることはありません。
さらにゲルの外壁には、夏より1枚多い3重のフェルトが巻かれます。あとはあたたかなストーブを燃やせば、極寒の冬も乗り越えられます。
ちなみに糞は夏の熱気も遮断するので、インドなどでは冷却アイテムとして使われることがあるようです。
家畜小屋は出たばかりの牛の糞で防寒
通常、ゲルの近くには木造の小屋が建てられていて、家畜たちはその中で寒さをしのぎます。
そこは吹きざらしの大地よりはあたたかですが、それでも外は極寒なので、少しでも保温性を高めるために糞ですきまを防ぎます。
このとき使用するのは出たばかりの牛の糞で、やわらかく粘着性があるため、小屋のすき間を埋めるには都合が良いそうです。
糞はいろいろな使い道があるので、近所にホームセンターがなくても大丈夫そうですね。
3.肉の保存は糞の煙でいぶす
羊を一頭さばいた後は、あまった肉を保存しなければいけませんが、遊牧民のほとんどは冷蔵庫を持っていないため、夏場は腐らせないための下処理が必要です。
すぐに火を通してしまう方法もありますが、生のまま保存するには、まずは肉を細長く切って宙にぶら下げます。
そして下で馬や牛の糞を燃やし、煙で肉をいぶします。こうすることで虫が付きにくくなり、長持ちすると共に美味しくなるのだそうです。
糞の煙は肉の下処理だけでなく、蚊取り線香のような虫よけにもなるので、夏場は頻繁に利用されています。
またお香としても使われることが多く、モンゴルでは馴染みの深いものとなっています。
家畜に母性を思い出させる伝統の歌
暮らしの知恵とは少し違いますが、こちらは育児放棄をはじめた家畜に歌を聴かせ、母性を思い出させるという遊牧民ならではの面白い技術です。
どのようにして生まれたのかは不明ですが、これは遥か昔から続いている伝統であり、世界無形文化遺産にも登録されているとても美しい方法です。
動物たちの心を動かす美しい技術
2月下旬から4月中旬頃までは家畜の出産シーズンです。そして遊牧民が最も注意を払うのはこの時期になります。
なぜならそれまで家畜は厳しい冬を過ごし、春になる頃にはかなりの体力を消耗しています。そしてモンゴルの春は穏やかではなく、天候の不安定な「嵐」の季節です。
晴れれば真夏のように暑くなりますが、翌日には吹雪になることもあり、1日の中でも天候は常に目まぐるしく変化します。
放牧されている家畜たちは当然ストレスを溜めていますが、そんな中で出産した母親たちは、疲労から育児放棄を始めてしまうことも珍しくありません。
子供が育たない状態は遊牧民にとって死活問題です。その対策として育児放棄中の母親の家畜に、ある「歌声」を聞かせます。
歌詞は家畜の種類によって異なりますが、それぞれの言葉を曲のリズムに乗せて、くり返しくり返し歌い続けます。
ラクダは「ホゥース ホゥース」
馬は「グリー グリー」
牛は「ウーヴ ウーヴ」
羊とヤギは「トイゴ トイゴ」
とても不思議なことですが、これを聴くと家畜は次第に母性を思い出し、育児を再開し始めるそうです。
特にラクダは目からポロポロと涙を流し、まるで我が子を慈しんでいるかのような美しい様子を見せてくれます。
遊牧民の暮らしの知恵まとめ
草原に住む遊牧民は最新技術を持っていませんが、そんなアナログ生活の中にいるからこそ、研ぎ澄まされた感性と豊かなアイデアを持っています。
その姿はとてもたくましく魅力的な存在に映りますね。そしてそこには人間本来の素晴らしい生き方が表れていると思います。